株の世界でもテーマになっている、量子コンピュータについて
以下のように3回に分けて記事にしています。
1回目:量子コンピュータの仕組み
2回目:主要プレイヤーの現状(Google、IBM、IonQなど)
3回目:量子耐性暗号(PQC)の動向と今後の予想(今回)
AIや創薬などの分野で計算の限界が見え始めている現在、
量子コンピュータは次のブレイクスルーとして注目されています。
シリーズ最終回。量子耐性暗号(PQC)の動向と今後の予想を見ていきましょう!
■量子耐性暗号(PQC)の必要性
量子コンピュータの実用化が進めば、社会課題の解決に役立つ一方で、
暗号技術に対する負の側面も指摘されています。
現在広く使われているRSAや楕円曲線暗号(ECC)などの公開鍵暗号は、
量子コンピュータが完成すれば短時間で解読される可能性があります。
そのため、量子コンピュータでも解くことが極めて困難な、
新しい数学的アプローチを用いた暗号技術=量子耐性暗号(PQC)の
研究・開発が世界中で進められています。
また、量子コンピュータがまだ暗号解読で実用化されていない今でも、
「ハーベスト・ナウ、ディクリプト・レイター
(Harvest Now, Decrypt Later)」と呼ばれる攻撃手法が懸念されています。
これは、将来の量子解読に備えて今のうちに暗号化通信を大量に収集し、
量子コンピュータが完成した時点で一気に解読するというものです。
国家機密、企業の知的財産、医療記録など、
長期にわたって秘匿性が求められるデータが狙われる可能性があり、
米国NSA(国家安全保障局)や日本の内閣官房など複数の公的機関が
このリスクに警鐘を鳴らしています。
■米国の状況
NIST(米国国立標準技術研究所)は、以下の3つのPQCアルゴリズムを
正式にFIPS(連邦情報処理標準)として採用しました(2024年8月発表)。
| 用途 | アルゴリズム名 | 種類 | 特徴 |
| 鍵交換 | ML-KEM (FIPS 203) | 格子ベース | 高速・高セキュリティ。鍵共有に最適。 |
| 電子署名 | ML-DSA (FIPS 204) | 格子ベース | 高速・署名サイズが小さめ。 |
| 電子署名(補完) | SLH-DSA (FIPS 205) | ハッシュベース | より保守的な設計。署名サイズは大きめ。 |
格子ベース:整数の格子問題(格子ベクトル問題など)に基づく暗号方式。
ハッシュベース暗号:暗号論的ハッシュ関数に基づいてセキュリティを確立する方式。
これらは、量子コンピュータによる暗号解読に耐えることを目的とした
「ポスト量子暗号(PQC)」の中核を担うアルゴリズムです。
米国政府は、NSM-10(国家安全保障覚書第10号)において、
「2025年までに重要システムのPQC移行計画を策定し、
2030年までに移行を完了する」ことを目標としていました。
2026年現在、この方針は継続中ですが、実装段階では
意図的な緊急性(deliberate urgency)を持って進めるよう、
米国防総省(DoD)などが強調しています。
DoDはQKD(量子鍵配送)よりもPQCを優先する方針を示しており、
国家安全保障レベルでの本格的な移行が始まっています。
このように、米国ではPQCの標準化と実装が政策レベルで強力に推進されており、
他国に先行する形で移行が進行中です。
他の先進国も、2030年代前半〜半ばの移行完了を視野に入れており、
国際的な標準化と実装競争が本格化しています。
■日本政府の方針
日本政府も、量子コンピュータによる暗号解読リスクを認識しており、
以下のような方針を打ち出しています。
●内閣官房の基本方針(2025年11月報告書より)
- 2035年までに政府機関の暗号をPQCへ全面移行完了を目標として掲げている
- 2026年度中に具体的な工程表(ロードマップ)を策定予定
- 重要情報から優先的にPQC対応を進め、段階的に移行を完了させる方針
また、金融庁が旗振り役となり、日銀や大手銀行とともに
ワーキンググループ(WG)を組成し、
日本の金融機関としてのPQC対応ロードマップの策定も進められています。
米国と比べるとやや慎重な印象もありますが、
政府・金融の両レイヤーで着実に準備が進んでいることがわかります。
■テック企業の対応状況(ピックアップ)
テック企業は各国際標準化団体と連携し、量子安全な暗号標準の策定と
相互運用性の確保に取組んでいます。
●Google
- Google Chrome はKyber(ML-KEM)とX25519(楕円曲線暗号)の
ハイブリッド方式で実装。段階的に導入・検証を実施。
※PQCはまだ新しい技術なので、万が一PQC自体に欠陥が見つかっても、
従来の暗号で守れるようにハイブリッド方式で二重にかけている。
- Google Cloud Key Management Service(Cloud KMS)では、
ソフトウェアベースの鍵に対応した
量子耐性デジタル署名(ML-DSA / SLH-DSA )をプレビュー版として提供開始。
●Microsoft
- Windows 11やAzureなどの主要製品群において、
NIST標準のPQCアルゴリズム(ML-KEM、ML-DSA)の導入を開始。
- Windows 11ではInsider Previewでの試験提供から始まり、
将来的には標準搭載される見込み。
●Oracle
- 最新版の Oracle AI Database 26ai において、量子耐性暗号を実装。
PQC対応を明記した商用DBの一例。
■PQCに注力するセキュリティ企業の動向(世界)
| 企業名 | 主な取り組み | 特徴・注目点 |
| PQShield(英) | NIST PQC標準化プロセスに積極参加。ソフトウェア・ハードウェア両面でのPQCソリューションを提供。 | 量子時代のセキュリティ基盤を支える中核的存在として注目。 |
| Thales(仏) | Luna HSM(ハードウェアセキュリティモジュール)にPQC対応を開始。 | フランスの大手電機企業。量子鍵配送(QKD)にも投資しており、量子セキュリティ全般に注力。 |
| Palo Alto Networks(米) | 「耐量子セキュリティ」戦略を公式に展開中。 Google Cloudとの提携を通じ、クラウド基盤でのPQC実装にも関与が期待される。 | 企業向けにPQC移行の4ステップ(棚卸し・優先順位付け・計画・実装)を提示。 Prisma CloudやCortex XSIAMなどの次世代セキュリティ製品で、PQC移行を支援する機能強化を進めている。 |
私は、PQCの対応を早くから進めているセキュリティー企業は、
今後伸びていく可能性があるのではないかと考えています。
※PQShieldは未上場のスタートアップ。
Thalesは、フランスで上場のため、多くの日本のネット証券では
取り扱いが限定的。Palo Alto Networksはナスダックなので買えます。
■民間企業の状況(日本)
量子耐性暗号(PQC)の導入に向けて、国内の民間企業でも取り組みが始まっています。
●PQC支援サービスの提供
- 日立ソリューションズ、NEC、NRIセキュアなどが、
企業向けにPQC移行支援や評価サービスを提供開始。
- 暗号資産の棚卸し、リスク評価、移行計画の策定支援などを通じて、
企業のPQC対応を後押し。
●実証実験の実施
- ソフトバンク、NTTコミュニケーションズ、KDDI、
大和証券グループ本社などが、PQCの実証実験を実施。
これらの動きはまだ一部にとどまっていますが、
今後はサプライチェーン全体でのPQC対応が求められることから、
より多くの企業が対応を迫られることが予想されます。
■今後の予想
私はSEを引退して2年以上が経ち、
現場との感覚に多少のズレがあるかもしれませんが、
最近の動向を見ていると、
「SEの仕事はAIの活用により作業系が減少し、
代わってセキュリティ関連の業務が増えている」ように感じます。
そして、PQC(量子耐性暗号)の導入は、
まさにその流れを加速させる要因の一つになるでしょう。
●暗号資産の棚卸しや移行計画の策定
●システム全体の暗号モジュールの見直し
●サプライチェーン全体でのPQC対応の検討
●ハイブリッド暗号の運用と互換性の確保
こうした作業は、セキュリティエンジニアやアーキテクトにとって
新たな仕事の山を意味します。
PQCは、単なる技術的なアップデートではなく、
企業のセキュリティ戦略やIT基盤そのものを見直す契機になるかもしれません。
今後5〜10年で、PQC対応の有無が企業の信頼性や競争力を
左右する時代が来ると感じています。
現役の皆さんありがとうございます。お疲れ様です。
■あとがき(私の視点:PQCと投資の交差点)
今回の調査を通じて、量子耐性暗号(PQC)は単なる技術トレンドではなく、
企業の信頼性や将来性を左右する重要なテーマだと感じました。
PQC移行は一時的なブームではなく、
10年以上続く構造的テーマになる可能性が高いと感じています。
特に、PQCへの対応が早いセキュリティ企業は、
今後の成長が期待できると考えています。
その中で注目したのが、Palo Alto Networks(PANW)。
「耐量子セキュリティ」戦略を公式に掲げ、Google Cloudとの連携や、
Prisma Cloudなどの製品群でのPQC対応を進めている点に将来性を感じ、
1株だけですが購入しました(余力がないので…)。
今後も、保有株の行方を見守りつつ、
PQCの進化を楽しみながら追いかけていきたいと思います。

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